11・05 さあ本日から「日本マスターズ長距離大会」です!。皆さん、がんばろう!。実は私、この大会で、「1500m自由形」を「全てバタフライで泳ぐ計画」を1年前から考えておりました…。もう、そのつもりでずいぶんバタフライも練習してきたのですが、結局はクロールで行くことにします!!。なぜクロールにしたのかと言うと、先日、予定外に「1500m自由形」をバタフライで泳ぐことができたからです…。でも、「また、やればいいじゃん!!。」とお思いになるかと思いますが、そう簡単なものではなく、色々と苦難の度があったのでした…。
★1500mバタフライへの道★
私はこの日のために1500mバタフライをひそかに練習していました…。問題は、「バタフライで1500m泳ぐ」という距離の問題よりも「1コース2人」という条件を気にしていました。とにかく一緒に泳ぐ人の邪魔にならないように泳がなければいけない…。長水路の練習では、これと同じような状況になるので、よく練習していました…。
そして、ついに、「日本マスターズ長距離大会」の要項が届きました!!。もう、迷うことなく1500mをエントリー。時間はバタフライで泳ぐことを見越して「25分00秒」でエントリーしました。マスターズの練習会でも、何度か長水路で1500mをバタフライで泳いでみました…。大勢で泳いでいたので、抜かしたり抜かされたり…とありながらも、その時は25分10秒。まあ、このくらいでいけるでしょう!!と…。無事に、エントリー作業も終了しました…。
そして、数週間後、自宅に1枚のFAXが…。なにやら、たくさん説明書きがあり、最後に「…という様なわけで、1500m自由形をバタフライで泳ぐことはご遠慮ください」と…。「え〜!?。ダメなの??。」。すぐに協会に電話をしました…。
すぐに事務員の女性が出る。
「あのう、FAXが届きまして、バタフライをご遠慮くださいと書いてあったのですが、なぜダメなのでしょうか?。」
「FAXに書いてありますように、一緒に泳ぐ方の邪魔になってしまうからです。」
「じゃ、邪魔にならないように泳げばいいですか?。」
「バタフライは、腕を横に広げますから、邪魔になります。」
「あのう、まあ、盾突くつもりはないんですが、昨年、この大会に出場した時に、役員の方に、来年は1500mをバタフライで泳ごうと思うんです。と言ったところ、それはすごいね〜。がんばってね!!。と言われたんです。」
「その時の役員はどなたですか?。」
「いや、名前は分かりませんが、とにかく、それ以降、町田の1500に向けて、バタフライを練習してきたんです。もちろん、1コース2名になる事は分かっているので、邪魔にならないような泳ぎを研究しました。」
「例えばどのような?。」
「すれ違う時に、リカバリーにならないようにしたり、片手にするとか、潜ってしまうとか、」
「あのですね、ルールとしては、コースの半分から、はみ出した場合失格なんです。ですから、すれ違う時でなくても半分からはみ出して泳いだ場合、失格とさせていただきます。」
「あのう、以前に、背泳ぎで泳いだ人や、平泳ぎで泳いだ人がいますよね。例えば、背泳ぎなんかは、水中で手がコースの半分からはみ出すこともありますよね。」
「たぶん今年は、背泳ぎも平泳ぎも失格をとると思います。」
「あのう、しつこいようですみませんが、私は、とっても体が小さくて、オマケに”体のわりに腕が短い”んです…。ですから、絶対に邪魔にならないんですけどね〜。」
「とにかく、ダメな物はダメです。ダメと言われていますので。」
「あのう、いいですか?。どんなことでもそうですが、ダメにするのは簡単ですが、何とかできるように…というような前向きなお考えはできませんでしょうかね〜?。1500mをバタフライで泳ぐなんて!!…じゃあ、何とか泳げるようにしてあげましょう!!みたいな…。例えばですよ、端のコースだと、少しは広いじゃないですか。そこにしていただくとか。同じコースに来る人を同じチームの人にしていただくとか…。」
「そういった事は、一切できませんし。私ではそのような判断はできません。」
「そうですよね。あのう、できたら、役員の上の人とお話したいんですけど、もしいらっしゃれば、審判長のNさんと直接お話がしたいんですけど…。」
「はい。今、Nはいないので伝えておきます。」
粘りに粘ってみたが、ダメ。せっかく練習してきたのになあ…。と思って数日が過ぎた頃、電話が…。
「マスターズ水泳協会のNですが。」
「あ〜、わざわざすみません。あらいSSのあらいです。」
「今回のバタフライで泳ぐという件で、お電話を差し上げたんですが…。」
「はい。ありがとうございます。」
…と、ここまでは、ご挨拶。そして本題へ…。
「ちょっと、あらいくん、また、面倒なことするね〜。1人1コースのところでやりなよ。全く…。」
「やっぱりダメそうですか。」
「まあ、ルール上は別にかまわないんだけどさ、たぶん、邪魔をしたってことで失格になると思うよ〜。」
「邪魔をしなくてもですか?。」
「実際には邪魔をしてなくても、邪魔そうに見えたら、失格だから、やめといた方がいいと思うけどな〜。」
「そうですか。もう一度考えてみます。」
「ところでさ、また今年も、あらいSS記録会になってるじゃないの!!。」
「そ、そうみたいですね…。」
「まあ、これからもよろしく頼むよ。」
「はい。お手数おかけしてすみません。」
この時点で、私は絶対にバタフライで泳ぐつもりでいたのですが、先日、ひょんなことから「1500mバタフライ」を大会で泳ぐことができたので、今回は、クロールで行くことにしました!!。
11・04 11月はイベントがいっぱい!!。明日から、町田の長距離大会です!!。5年連続「参加人数・1位!!」のあらいSS。さあ出場の皆さん、がんばりましょう!!。
NEWS『東アジア大会第5日は2日、競泳女子200メートル背泳ぎで寺川綾
(近大)と五十嵐貴美(鹿屋体大)が2分12秒15で同着の金メダルを獲得した。200メートルバタフライの中西悠子(枚方SS)は銀メダルだった。男子200メートル個人メドレーでは庄司有太(中大)が2分2秒56で優勝。ソフトテニスの女子シングルスは、玉泉春美(東芝姫路)が勝ち、団体、ダブルスとの3冠を達成した。
陸上は、男子110メートル障害でアテネ五輪金メダリスト劉翔(中国)が13秒21の大会新記録で優勝。日本勢は男子200メートルの高平慎士(順大)、400メートル障害の小池崇之(順大)、女子走り幅跳びの池田久美子(スズキ)が金メダルを獲得した。2連覇を目指すサッカーの日本は、韓国を2―0で下し、2連勝。』
NEWS『東アジア大会第7日は4日、マカオで行われ、競泳は女子100メートルバタフライの中西悠子(枚方SS)、男子200メートル平泳ぎの今村元気(ムラサキスポーツ)ら日本勢は全員が予選を通過し、同日夜の決勝に進んだ。
陸上の女子5000メートルには大南博美(トヨタ車体)がエントリーし、テニスの男子シングルス決勝で松井俊英(IBS)が台湾選手と対戦。(共同)
』
NEWS『イタリア・オリンピック委員会は3日、来年2月のトリノ冬季五輪の金メダリストに13万ユーロ(約1820万円)の報奨金を贈ることを明らかにした。AP通信によると、銀メダルには6万5000ユーロ(約910万円)、銅メダルには4万ユーロ(約560万円)で、金額は昨年のアテネ五輪と変わらない。(共同) 』
NEWS『2016年以降の夏季五輪招致に名乗りを上げた福岡市が、同市西部に移転する九州大・箱崎キャンパス(同市東区)の跡地に7万人規模のオリンピックスタジアムの新設を検討していることが2日、明らかになった。福岡市などによると、工学系や理学系などが入っている箱崎キャンパスの面積は計47ヘクタール。福岡市内最大の「博多の森競技場」の敷地約15ヘクタールを大きく上回る。工学系が今年から移転を開始。移転完了は2019年の予定だが、財政事情によっては前倒しも想定している。市は国内候補都市を争っている東京都に対抗できる「コンパクトな大会が可能」と話している。スタジアムはメーン会場となり、開・閉会式や陸上競技が行われる。』
11・02 やっと三重のツアーが決まった…。かなり完璧に仕上げたつもりです…。参加される皆様、よろしくお願いします。
先日、お亡くなりになった「葉室鉄夫さん」の詳しい記事↓です。葉室さんの奥様は現在でもマスターズで活躍中。先日見た、古橋さんの番組でも楽しそうに当時の様子を話していた。当時の本もたくさん持っているので、葉室さんの写真を探してみたら、色々とでてきたので、ご紹介します!!。こちらから…。
NEWS『1936年ベルリン五輪競泳200メートル平泳ぎ金メダリス
トの葉室鉄夫(はむろ・てつお)さんが10月30日、腹部動脈瘤(りゅう)破裂のため死去した。88歳だった。葬儀は1日、近親者だけで行う。お別れの会は7日午後3時、大阪府高石市綾園1の9の1のたかいし市民文化会館アプラホール。自宅は同市羽衣1の13の1。喪主は妻三千子(みちこ)さん。
福岡県出身。日本大予科3年でベルリン五輪に出場。200メートル平泳ぎで2分41秒5の五輪新記録を出して優勝した。その後も37年の日本選手権200メートル平泳ぎで2分40秒4の世界新記録をマークして優勝するなど、40年に第一線を退くまで200メートル平泳ぎで世界ランキング1位の座を守り続けた。
戦後の46年、毎日新聞社に入社。72年9月に定年退職するまで運動部記者として水泳やアメリカンフットボールなどで健筆をふるい、アメフットの毎日甲子園ボウル創設にもかかわった。90年に国際水泳殿堂入りした。
◇感動のドラマを発信
国内五輪金メダリストの最年長、葉室鉄夫さんが30日、88歳で逝った。1936年ベルリン五輪で競泳200メートル平泳ぎを制したのは19歳の快挙だった。おおらかな性格で周囲を和ませ、大のビール好きでも知られた葉室さん。現役引退後は運動部記者として五輪などを取材して、感動のドラマを発信し続けた。その死を悼む声は絶えない。今でいう、癒やし系の人だった。「決して怒らず、いつも静かに笑っている」。いさかいが起こっても、葉室さんが出てくると、いつの間にか場はなごんでいた。「人間くよくよしたって始まらない。ならば、くよくよしない人生にすればいい」。分かってはいてもだれもが出来ることではない。九州男児の葉室さんには、それが出来た。だからこそ、ベルリン五輪でも19歳でメーンポールに「日の丸」を揚げることができたのだろう。「ヒトラーを目の前にした人なんてもうあまりいないだろう」。会うと話題にした。「政治ショー的要素の強い五輪」だからこそ、葉室さんにとっては得がたい体験となった。後に記者として後輩たちにベルリンを伝えることも自分の役割とした。記者生活を終えてからも、多くの五輪に出かけた。葉室さんと同じ200メートル平泳ぎで92年、当時14歳の岩崎恭子さんが金メダリストになったバルセロナにも葉室さんはいた。来年のトリノ冬季五輪見物も予定に入っていたという。愛妻家としても知られ、三千子夫人(85)とは11月26日、結婚して65年目を迎えるはずだった。元平泳ぎ選手だった三千子夫人は今も世界マスターズで次々と記録を塗り替えている。夫妻で旅行するのが好きで、一昨年12月には、近くに住む長女で元競泳選手の広瀬カヤ子さんも同行してカリブ海をクルーズ。今年4月、乾漆彫刻家作品展の文化交流のため、北京を訪れたのが最後の旅となった。昨年11月23日、葉室さんの米寿と三千子夫人の世界マスターズ選手権優勝を祝う会の司会を頼まれ、そのお返しとして、この11日、私の定年送別会の発起人として、挨拶をしていただくことになっていた。「相馬君、今度はうちのかみさんの米寿の祝いの司会をしてくれよ」との約束までさせられた。ひつぎの中の顔は「すまんな」といっているようだった。10月30日、いつものように自転車で近くのプールまで行き、ひと泳ぎしたが、腹痛を感じて早めに帰宅。自分で救急病院に電話して搬送してもらった。念のために一泊するだけだったのが、急変して逝ってしまった。外出中だった三千子夫人あてに「腹痛があるので病院に行ってきます」とのメモがあった。だれに迷惑をかけることなく、家人につらい姿を見せることもしなかった。いかにも葉室さんらしい最期だった
◇帰宅して夫の死を知る…妻の三千子さん
妻の三千子さん(85)は神戸市内の水泳大会から帰宅して夫の死を知った。「死に目に会えないことは残念でした。でも、笑顔の温かい人だったから、私に苦しむ顔は見せたくなかったんでしょうね」と話した。夫婦そろっての旅行が趣味で、毎年のようにドイツに立ち寄るのが習慣だった。昨年6月にはイタリアでの水泳世界マスターズ選手権に一緒に出かけ、三千子さんが4個の金メダルを獲得したことを、自分のことのように喜んでいたという。三千子さんは「普段はめったにほめないのに、妻が金メダルをとった、と周囲に自慢していた」と振り返った。長男の力さん(61)は「最後まで機嫌良く、楽しい人生を送った人。うらやましい人生でした」。二男の洋さん(52)も「苦しかった練習の話などは一切しなかった。ベルリンでは食べ物がおいしかった、など楽しい話ばかりを聞かせてくれた」としのんだ
▽古川明・関西アメリカンフットボール協会理事長 だれもが知っている甲子園球場で甲子園ボウルをスタートさせてくれたのは関西だけでなく、日本アメフット界における大きな功績だと思う。私の家にもアメフット談義をするために、よく訪ねて来てくれた。偉大な人なのに、どの世界、どんな人ともざっくばらんに気持ちよく付き合う人だった。
▽72年ミュンヘン五輪競泳男子100メートル平泳ぎ金メダリストの田口信教さん 葉室さんには新聞記者としても、水泳の大先輩としても大変気にかけてもらった。ご自身と私の泳ぎ方の違いに興味を持たれ、細かく質問を受けたり、腕のかき方や頭の動かし方などをご指導いただいた。当時は入手しにくかった外国のライバル選手の情報を教えてもらったし、「ライバルともいい友達になれ。それも国際貢献だ」と言われたのが印象に残っている。退職後も水泳関係の仕事などで活躍し、人当たり良く笑顔でソフトな語り口ながら、グサッと厳しいことが言える方だった。戦前に大活躍した日本水泳界を語れる貴重な方を失ったのは本当に残念だ。』
11・01 あ〜、なかなか更新ができない…。時間が欲しい…。今日はちょっといい話を…。
世田谷プールは、都内でも珍しく、色々な意味でバリアフリーなプールです。障害者は、どんな方でも利用可能。身体が不自由な方も、知的障害の方も、全てOK!!.。私自身、障害者専用のプールでボランティアもしておりますが、なかなか世田谷のようなプールは、ないと思います。…なので、このプールには、遠くからバスでプールに来る方が多いのです…。そして、これも珍しいのですが、このプールは、「イレズミ」もOKです!!。イレズミ界!?でも知られているようで、遠くからも来ているとか…。イレズミにも色々とあって、最近のいわゆるマークというか記号のような「ワンポイント」を、肩や、足に入れている人から、「遠山の金さん」のみたいに、全身いれずみ…というような方もいらっしゃいます。まあ、とにかく色んな人がいるのです…。そんなプールであった面白いというか、ステキな話を…。
毎週水曜日に来る、いつも明るい、少々知的障害の男の子。見た目は、まったく普通。年齢は、たぶん16歳くらい。普通に会話もできるし、介助者もなく、いつも一人で来ている。プールでは、監視員をはじめ、会う人会う人に話しかけ、ニコニコ、うろうろしている…。彼は、疑問に思うことは、とことん追求するタイプ。以前に私がロッカーで歯みがきをしていると、「何してるの?。」「何で歯みがきしてるの?」「どこから持ってきたの?」「いつも歯みがきしてるの?」「何で、うがいするの?。」「その歯みがき、どこにおくの?」などなど、気になったら、とことん質問攻め…。私もきちんと答えるし、プールに来ている皆さんも、いつも丁寧に答えている。監視員が、監視台に座っていても、「何でそこに座ってるの?」「いつ降りるの?」「そこで何してるの?」と、しつこく聞く。もう毎週のことなので、監視員も「事故が起きないよう見てるのよ」と、やさしく答えている。そんな彼が、休憩時間に、「ジャグジー」に…。すると、ジャグジーに「全身イレズミ」の男性が入っていました…。髪型は「非常に短くカール」している、いわゆるパンチ…。ま、まあ、一見して、やばそ〜な人…。そして、彼は、そのイレズミの人の隣に入ってしまった…。彼は、その身体じゅうに描かれた刺青にクギヅケ…。もう彼のことは、み〜んなが知っているので、「こ、これは、まずい…」と、思いながら、ちょっと面白そうに見ていました…。そして案の定、彼は質問攻めに…。
「ね〜ね〜、何で体に絵が描いてあるの?。」
「お〜!!、何だ、坊主。」
「何で絵が描いてあるの?」
「俺はな、絵が好きなんだ。」
絵が好きなんだ、には、ちょっと笑っちゃいそうでしたが、誰も笑えない…。もう、ジャグジーは、緊迫した空気に…。すると、彼がとんでもない行動に…。なんと、イレズミを、ゴシゴシこすり始めた…。
「消していい??」
「おお。消せるもんなら消してみな。」
ゴシゴシこする彼…。
「お、おい、痛ぇ〜ぞ!!」
「何で消えないの?。」
「消えるわけね〜だろ。刺青なんだから」
「何で、この絵は消えないの?。」
「この絵はな、書いたんじゃなくて、彫ったんだよ。」
「どうやって彫ったの?。」
「針で彫ってな、そこに墨を入れるんだよ。」
「針で彫るの?」
「そうだよ。」
「痛くないの?」
「そりゃ痛いに決まってるだろ!!。」
「どのくらい痛いの?。」
「そうだな〜、こんだけ入れると、気絶するくらい痛いわな。」
「すっごく痛い?」
「ああ、痛いぞ〜。」
「痛くてもがまんしたの?。」
「ああ、痛くてもがまんしたよ。」
「泣いちゃった?」
「泣かね〜よ。」
もう、誰も止められない…。でもこのイレズミの人、ものすごく強面だが、口調はとってもやさしい…。そして、このあと、意外な展開に…。
「この絵はどうやったら消えるの?。」
「もう消えないんだよ。」
「ずっと消えないの?。」
「ああ、一生消せないんだよ。」
「消したいの?」
「ま、まあ、今となっちゃ、消せるもんなら消したいかな〜。」
「僕が消してあげるよ」
「おお。お前が消してくれるのか…。」
「どうやったら消せるかな?。」
「お前、いい奴だな…。」
「消しゴムじゃ、消えないかな?」
「ありがとうな。おれは、うれしいよ…。」
真剣に心配している彼。そして、いつの間にか、彼に本心をさらけ出したイレズミの人…。この光景に感動しているまわりの人たち…。何とも言えない、いい雰囲気に…。障害の子と、イレズミの人と、普通に泳ぎに来た人が、こんなところで垣間見た人間ドラマ。バリアフリーの素晴らしさを体験した日でした…。
NEWS『1936年ベルリン五輪の競泳男子200メートル平泳ぎで金メダルを獲得した葉室鉄夫(はむろ・てつお)氏が30日午後8時55分、腹部動脈瘤(りゅう)のため大阪府高石市内の病院で死去した。88歳。福岡市出身。自宅は高石市羽衣1の13の1。葬儀は11月1日に近親者のみで行い、お別れ会を7日午後3時から同市綾園1の9の1のアプラ大ホールで催す。
葉室さんは35年、日本学生選手権の200メートル平泳ぎで世界タイ記録をマーク。翌年開催されたベルリン五輪では女子の兵藤(旧姓前畑)秀子さん(故人)とそろって200メートル平泳ぎを制した。現役引退後は毎日新聞の運動部記者として活躍。1990年には国際水泳連盟の名誉殿堂入りした。』
NEWS『スポーツ用品メーカーのミズノは31日、創業100周年を迎える来年、子どもたちにスポーツで夢を与えることをテーマにした記念事業を行うことを発表した。 1月8日に東京都内のホテルで、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長らを招いたパネルディスカッションや、米大リーグ、マリナーズのイチローのトークショーなどを実施。同15日には東京ドームにヤンキースの松井秀喜ら有名選手が多数集まり、野球、サッカー、陸上などを子どもに教える。同社に所属する陸上短距離の末続慎吾は「子どもたちには、できるだけスポーツにかかわってほしい」と話した。』
NEWS『東京都の2016年の東京五輪招致で、メーン会場を東京・渋谷の代々木公園とし、10万人規模の新スタジアムや選手村を建設する大再開発構想が進んでいることが28日、わかった。再開発面積は100ヘクタールを超え、総費用約1兆円を見込む巨大プロジェクト。関連施設を集中させることで、国内外の招致合戦に勝ち抜こうという狙いで、実現すれば、1964年の東京五輪以来の“首都大改造”となる。構想によると、再開発の中心となる地域は、代々木公園(54ヘクタール)と、北側に接する国立オリンピック記念青少年総合センター(8・4ヘクタール)、南側の国立代々木競技場(9ヘクタール)を含む計71・4ヘクタール。さらに、約2キロ離れた国立霞ヶ丘競技場や神宮球場、東京体育館などが集まる神宮外苑(35ヘクタール)も対象となる。代々木公園内には、開会式や陸上競技に用いるメーンスタジアムを建設。国内最大級の約10万人収容のスタンドを整備し、「選手が歩いて行ける場所」に滞在施設(選手村)を作る。また公園内には水泳競技のプール新設も検討されている。一方、神宮外苑では、58年建設の国立競技場を壊して、サッカーの主会場とする約7万人収容のスタジアムを建設。バレーボールなどの会場を想定する東京体育館も建て替え、神宮球場を「ドーム化」する案も出ている。都によると、五輪招致の第一条件は「優れた開催計画を持つこと」で、中でも選手村の立地は選手のコンディション維持や警備面で最重視されている。神宮外苑は選手村からバスで約5分という至近距離。12年の開催が決まったロンドン五輪も、選手の8割が選手村から20分以内で競技場に行ける便利さが高く評価されており、都では、主な競技を代々木・神宮一帯に集約することで「利便性」をアピールし、招致運動を有利に進めたい考えだ。また、64年の東京五輪は93か国・地域から5133人が参加したが、昨年のアテネ五輪は202か国・地域で1万1099人が参加。観客動員数も飛躍的に増えており、前東京五輪の施設では収容能力が著しく不足するとみられている。日本体育協会会長の森前首相が先月16日、都庁で石原慎太郎知事と会談、「大がかりな再開発が不可欠」との方針を申し合わせた。』
10・28 以前にお伝えした「スティーブン」さんの驚きの話です!!。
彼は「スリランカ」で「オーシャンスイムの活動をしている」との話を思い出し、「スリランカ」と言えば「スマトラ沖地震・津波」。その話をしてみると…。
「スリランカと言えば、スマトラの津波があったよね?。」
「そう。僕は、その場にいたんだ。」
「え〜!!。あの津波の、その場にいたの??。」
「そう。僕の泊まっていたホテルは、ビーチから40mのところにあるんだ。いつもは、朝8:00〜10:00まで、ビーチに行って、泳いだりサーフィンしたりしているんだけど、この日は、たまたま、前の日に深夜の1時まで飲んでいて、8:00に海に行くのはきついから、9:00に目覚ましをかけたんだ。朝、9:00になって、目覚ましで起きたんだけど、まだ身体がだるいから、すぐに海に行かないで、ベッドでゴロゴロしてたんだ。そして9:20頃起きて、そろそろ海に行こうかと思ったその時、海のほうから子供や人の叫び声が聞こえたんだ。」
「そ、それで??」
「あわてて窓を開けると、ものすごい勢いの水がホテルに向かってきて、僕は3階にいたんだけど、2階まで波が来た。僕の部屋のすぐ下まで波が来た。時速70kmと、あとで知った。すごく流れの速い川とか、そういうものとは違って、今までで見た事がないくらいの速いスピードの水の流れだった。高速道路を車が走っていくように、人が目の前を過ぎて行ったよ。2階までにいた人は全員流された。」
「そ、それはすごい…」
「そして、その後20分間に3回、同じような波が来た…。1回目の波が引いて、外に出た人は、2回目の波で全員流された。僕もライフセービングの仕事をしているけど、ただ見ていることしかできなかった…。」
「じゃあ、いつものように朝起きていたら…。」
「そう、今までそんなに遅くまで飲んでいたことはないのに、初めて遅くまで飲んだ。もうそれだけで信じられないような話なんだけど、もうひとつ信じられないことがあるんだ…。」
「な、何ですか?。」
「いつも僕はこのホテルに泊まっているんだけど、いつもは1階に泊まるんだ。だけど、たまたまこの日から2日間だけ、ホテルの都合で、3階に泊まることになったんだよ。」
「え〜!!。信じられない話ですね。」
そのあとも色々と話を聞くと、そのホテルはしっかりと作られているので、ホテルは倒れなかったのですが、ほとんどの周りの建物はなくなっていたとか…。
そんな話をず〜っと聞いていた私。そして、ヒートアップして話すスティーブン。スクールの開始は、またまたこの日も大幅に遅れてしまい…「一体いつまで話をしているんですか?」「いや、すご〜く重大な話を聞いていて…」「早く始めてください!!。」
NEWS『国際オリンピック委員会(IOC)は27日、ローザンヌ(スイス)で理事会を開き、2008年北京五輪では水泳のオープンウオータースイミング(遠泳)男女10キロ、陸上女子3000メートル障害を新種目として実施することを決めた。射撃2種目を削減することが決まっており、実施種目はアテネ五輪から一つ増えて302となることが確定した。
卓球では男女ダブルスに代わって男女団体を実施することが決定。また、女子選手の参加を促すため、サッカー、ホッケー、ハンドボールの女子チーム数を現在の10から12に増やす。この結果、北京五輪に出場する女子選手数は、アテネ五輪より約80人増える見込みという。
新種目の採用では、ボクシングの女子4階級、テニスの混合ダブルスなども検討されたが、いずれも見送られた。(共同)』
NEWS『国際オリンピック委員会(IOC)は27日、スイス・ローザンヌで理事会を開き、2008年北京五輪の順調な準備状況が報告された。
競技会場の建設は計画通りに進んでおり、着工していない五輪施設も今年末までにすべて工事が始まる予定。大会運営費は、昨夏のアテネ五輪と同規模の約20億ドル(約2300億円)になる見込みという。
10年バンクーバー冬季五輪の開催準備にも大きな問題はなく、今年7月に開催都市が決まった12年ロンドン五輪は大会組織委員会が設置されたことが報告された。(共同)』
NEWS『国際オリンピック委員会(IOC)は27日、来年2月の総会に推薦する新任4人と再任1人のIOC委員候補を発表した。総会の承認後、正式に任命される。
新任はトゥンク・イムラン(マレーシア・オリンピック委員会会長)フランチェスコ・リッチ・ビッティ(国際テニス連盟会長)の両氏と、女性のビアトリス・アレン(ガンビア・オリンピック委員会副会長)ニコール・ホベルツ(アルーバ・オリンピック委員会専務理事)両氏。ハイン・フェルブルッゲン国際自転車連合前会長は再任となる。(共同)』
NEWS『国際オリンピック委員会(IOC)は27日、来年2月のトリノ冬季五輪ではドーピング(薬物使用)取り締まりを強化し、前回ソルトレークシティー大会の45%増となる1200件の検査を実施すると発表した。五輪期間中は近郊の病院に世界反ドーピング機関(WADA)の基準を満たす検査所を設置し、検体を分析する。(ローザンヌ共同)』
NEWS『国際オリンピック委員会(IOC)は27日、ローザンヌ(スイス)で理事会を開き、来年2月の総会(トリノ)に推薦する新委員を選考したが、候補に挙がっていた日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は選ばれなかった。 IOCは五輪憲章で定める委員の定員115人に欠員が生じるまで新委員の任命を凍結していた。しかし、今年末で定年を迎える委員がいるなど、次回総会では4人の新委員が任命される見通し。(共同) 』
NEWS『国際パラリンピック委員会が今年設立したスポーツ大賞の最優秀女子選手賞に、日本の競泳選手、成田真由美(35)が選ばれた。日本パラリンピック委員会が26日、発表した。第1回の今回は昨年のアテネパラリンピックでの活動が対象。大活躍した成田のほか、メディア大賞オンライン部門では、日本のヤフージャパンが選出された。成田は13歳で脊髄(せきずい)炎のため車いす生活に。23歳から水泳を始め、96年アトランタ大会で2個、00年シドニー大会で6個の金メダルを獲得。アテネ大会では金7、銀1を手にし、6つの世界記録を樹立した。また、年間60近い講演活動で障害者スポーツへの理解を訴えていることなども評価され、候補10人の中から選ばれた。成田は「メダルは自分の頑張りの結果ですが、今回は(活動を)評価されていただくものなので、感激もひとしお。これからの生活や練習の励みになる」と話した。表彰式は11月19日、中国・北京で行われる』
NEWS『第4回東アジア大会(29日−11月6日・マカオ)に出場する日本選手団の本隊が26日、成田空港から香港を経由してフェリーで当地に到着した。福田富昭団長やメダル量産が期待される競泳陣、2連覇を狙うサッカーなどの顔触れ。日本は前回の2001年大阪大会と同数の191個のメダル獲得を目指す。大会には日本のほか中国、韓国、北朝鮮、香港、台湾、モンゴル、マカオ、グアムの9カ国・地域が参加し、17競技235種目を実施する。日本選手団の主将はサッカーの徳永悠平(早大)、旗手は競泳女子の中西悠子(枚方SS)が務める。競泳の女子200メートルバタフライで3大会連続の金メダルを狙う中西は「良い結果が出るように頑張る。課題を見つけて収穫のある大会にしたい」と意気込みを語った。』