08・30 昨日の長距離練習に参加された皆様お疲れ様でした。いや〜、見ていた皆さん、すごい泳ぎが見れたことと思います。私自身も久しぶりの泳げた日でした。私もずいぶん頑張った!?んですが…。とにかく、松田(旧前原)仁美さんの最後の200m個人メドレーは、すごかったですね。私は自由形でしたが、武春さんの隣で、100mのターンで、同じくらいに背泳ぎからにターンした、仁美さんが見えました。2分22秒って、マスターズの世界新じゃないですか!!。すごい!!。ご主人の2バタも速すぎてビックリしました…。なんという恐ろしい夫婦!!。アンリちゃん、ベストおめでとう!!。
この日は、偶然街で会った「小学校のときの同級生」と、話が盛り上がり、当時の先生まで呼んでしまった「緊急同窓会」でした。あまりに変わってない、みんな
…。男たちは、みんな、ちょっと、おっちゃん風。女の子は結構若くて、今どきの若い子みたいな感じ。私は、小学校から高校まで、「あらい」という苗字から「ちゅう」と呼ばれていました。久々に「ちゅう、ちゅう」言われ、懐かしいひびきでした。当時、学校で一番もてた男が来ていて、彼は、今も絶好調でした…。でも、一番絶好調だったのは、先生でした…。とても57才には見えません。(写真は、同級生の子と、先生)
NEWS『近代五輪発祥の地に108年ぶりに戻って開催された第28回オリンピック競技会アテネ大会は29日午後9時15分(日本時間
30日午前3時15分)、アテネの五輪スタジアムで閉会式が行われ、17日間の熱戦に幕が下ろされた。式典に先立つアトラクションでは、開会式と同じパパイオアヌ氏の演出で、会場中央に「海」の代わりに大きな「麦畑」が作られた。にぎやかにギリシャの伝統的な歌や踊りが披露され、お祝い気分で満たされた。続いて、男子マラソンの表彰式が行われ、観客に妨害を受けながらも、3着でゴールインしたデリマ選手(ブラジル)に大きな拍手が送られた。 各国の選手が旗手を先頭に次々に入場した。日本五輪史上最多タイの16個の金を含む最多の37のメダルを獲得した日本選手団は、主将の柔道男子・井上康生(綜合警備保障)、開会式での旗手を務めた浜口京子(ジャパンビバレッジ)が日の丸を手にした。最終日に金メダリストになったハンマー投げの室伏広治(ミズノ)の顔も見える。選手たちは、互いに写真を撮り合ったり、小旗を振ったり、大はしゃぎ。あちこちで笑顔がはじけた。式では、アンゲロプロス・アテネ五輪組織委員会会長が「戦いのたびに皆さんは高まり、アテネを去ります。世界の選手の皆さん、ありがとう。また会いましょう」、ロゲ国際オリンピック委員会会長が「この大会は忘れられない夢のオリンピックとなるでしょう。ありがとうアテネ、ありがとうギリシャ」とあいさつした。バコヤンニ・アテネ市長から次回2008年大会の開催地北京の王岐山市長へ五輪旗が手渡され、「LOVERS」の張芸謀監督が作製した北京のイメージビデオ「踊る北京」が流されるなどして次回への期待を高めた。会場の五輪旗が静かに下ろされた後、聖地で燃え続けた聖火が、頭を垂れた聖火台からランタンに移される。次々に別のランタンに火が移るとともに聖火台の炎は消えた。今大会は、史上最多の202の国・地域から約1万5千人が参加し、28競技・301種目でアスリートたちの限界への挑戦とさまざまなドラマが繰り広げられた。』NEWS『中国国営通信の新華社は30日、アテネ五輪で活躍した「10大国際スター」として、1位に男子水泳で6個の金メダルを獲得した米国のマイケル・フェルプス、2位は男子百十メートル障害で世界タイ記録を出し優勝した中国の劉翔、3位には男子平泳ぎの百メートルと二百メートルで優勝した日本の北島康介を選んだ。北島について新華社は、両種目で自らの世界記録を米国のブレンダン・ハンセンに破られたが、五輪でハンセンに連勝し「失地を回復した」と指摘した。』
NEWS『五輪発祥の地に戻った第28回夏季オリンピック・アテネ大会は29日、アテネの五輪スタジアムで閉会式を行い、17日間にわたった祭典の幕を閉じた。米中枢同時テロとイラク戦争後初の夏季五輪には、戦後の混乱が続くイラクや2大会ぶりに復帰したアフガニスタンを含む史上最多の202カ国・地域から選手、役員ら約1万6000人が参加。つかの間の平和をかみしめた。次回2008年大会はソウル大会以来20年ぶりにアジアに移り、北京で開催される。21世紀初の夏季五輪で日本は、競泳や体操、柔道の伝統競技に加え、陸上2種目と新種目のレスリング女子で優勝を重ねた。金メダルはこれまで最多だった1964年東京五輪と並ぶ16個、メダル総数では史上最多の37個を獲得。日本スポーツ史に残る躍進ぶりを世界に示した。テロを警戒し、厳重な警備態勢が敷かれたが、大きな混乱はなく終了。閉会式でアンゲロプロス五輪組織委員会会長は「最後の金メダルはすべてのギリシャ人のもの」と、人口約1000万人のギリシャが大会を成功に導いたことを誇らしげにアピールした。』
NEWS『アテネ五輪閉会式でのアンゲロプロス大会組織委員会会長のあいさつ要旨は次の通り。五輪が発祥の地に戻り、ギリシャ人ができるすごいことを世界にお見せしました。外国から来られた皆さまにお尋ねします。楽しんでいただけましたか。わたしたちは皆さまに感謝の言葉を贈ります。エフカリースト(ありがとう)。選手は競技者としてここに来て、オリンピアン(五輪選手)として力を披露し、わたしたちの親友として母国へ帰ります。あなた方のおかげで、五輪は人々に感動と希望を与えるのです。今夜、もう1個の金メダルを受け取るべき人々がいます。それはすべてのギリシャ人です。(4年後に)北京の聖火台にともる灯は、きょうよりもさらに強い力を放つでしょう。』
08・29 五輪で夢中になっていて、月末作業が大変でございます…。「あらいSSNEWS・9月号」を配信しました。個人レッスンを更新しました。
昨日の「ゆかたパーティー」に参加した皆様お疲れ様でした。O滝さんは刺激が強すぎて死んでしまうんではないかと思いました…。
この「オリンピック・バージョン」のHPが4ヶ月ほど続いたので、五輪終了後、「秋バージョン」に変える予定です。秋っぽい感じを出せるかな??。
NEWS『ミラクルは起きなかった。シンクロチームのフリールーティン(FR)が行われ、日本は98・501で2大会連続の銀メダルに終わった。テクニカルルーティン(TR)2位から逆転を狙ったが、デュエットに続いて、ロシアを上回ることはできなかった。今大会限りで引退する立花美哉(29)武田美保(27)=いずれも井村シンクロク=は3大会連続5個目のメダル獲得となった。連続のリフト技が決まった。サムライになりきった8人は勢いよく、力強く演じきった。刀のようなシャープな舞い。持っているものすべてを出し切った。しかし、ロシアには届かなかった。26日のTRでついた0・500点の差は1・000点まで広がってしまった。夜空いっぱいに響く大歓声が心地よかった。「これ以上できないものをしようと思った。やれるだけのことはやった」と立花は完全燃焼を強調した。武田も「このチームが編成されて、こんなに練習したことがないというくらい練習した」と納得の演技を振り返った。今大会限りで引退する立花と武田にとってはこれが最後の演技だった。そんな2人に若い選手は最後までついて行った。シドニーに続いて2度目の五輪の巽、米田と初の五輪となる原田、藤丸、鈴木、北尾。井村ヘッドコーチには「立花、武田とその下の差がありすぎる。実力が足りない己を知りなさい」と怒鳴られ続けてきた。1日10時間の水中練習とウエートトレーニング。浮力となる脂肪を維持するための1日4000キロカロリー以上を摂取する過酷な食事。超ハードな毎日に耐えて、スピードとパワーを培った。「武士道」は「世界がサムライに興味を持っているし、彼女たちには力強いものが似合う」と若い選手のために選んだテーマ。「サムライ・イン・アテネ」の曲に乗って最後まで勢いをアピールした。デュエットに続いて、ロシアを倒して世界一になることはできなかった。それでも本気で頂点を狙う姿勢は世界一だった。立花と武田の夢は若い選手たちに受け継がれた。
≪ロシア2大会連続金≫ロシアは思わぬアクシデントに動じず、2大会連続の金メダルを決めた。演技の冒頭で曲が急にストップ。約5分間中断してしまった。それでも、順番を後回しにする配慮を断り、演技を再スタート。「カーニバル」をテーマにダイナミックな演技を披露し、10点を7人の審判から引き出した。
≪井村コーチ代表引退へ≫斬新なアイデアで世界のシンクロ界に衝撃を与え続けてきた井村雅代ヘッドコーチ(54)は中学時代から指導してきた愛弟子の立花、武田の引退とともに、今大会を最後に代表の指導から身を引くことを決めている。
シンクロが五輪に初めて採用された84年ロサンゼルス大会から6大会連続で代表コーチを務めてきた。90年代後半、かつてはタブーだった水しぶきを、力強さ、勢いの表現として用いた。バレエのような優雅さより、スピード感を最優先する「スポーツシンクロ」を前面に打ち出した。01年世界選手権ではパントマイムでプールに笑いを持ち込んだ。どれも常識を覆す画期的な発想だった。今大会もチームのTRでは独創的な動きの「人間風車」を用意。FRも「武士道」で日本をアピールしたが、宿敵ロシアを倒す夢はついにかなわなかった』
NEWS『徳島県の飯泉嘉門知事は28日、阿波おどりをテーマにした演技を披露しアテネ五輪で銀メダルを獲得したシンクロナイズドスイミング日本代表チームに、県イメージアップ大賞を贈ることを決めた。同賞は、さまざまな活動を通して徳島県の名を世界に広めた個人や団体が対象。特別感謝状などが贈られる。』
NEWS『アテネ五輪の日本選手団は28日、閉会式の旗手をレスリング女子72キロ級の浜口京子(ジャパンビバレッジ)と柔道男子100キロ級の井上康生(綜合警備保障)の両選手が務めると発表した。2人は並んで旗を持つ。
開会式では浜口が旗手を務めた。井上は選手団主将。(共同)』
NEWS『日本が2大会連続の銀メダルを獲得した。27日のチーム決勝フリールーティン(FR)で武士道をテーマにした演技を披露。前半のテクニカルルーティン(TR)2位からの逆転を狙ったが、逆に首位ロシアに差を広げられて完敗した。試合後には、長く日本のシンクロを支えた井村雅代ヘッドコーチ(54)が辞任を示唆。デュエット銀メダルの立花、武田も今大会限りで一線を退く見込みで、日本のシンクロ界は新しい時代に突入することになる。刀を抜くポーズで飛び込んだ選手たちは、水の中でサムライになった。激しい足技で合戦をイメージ。豪快なリフトも4回決めた。「ここまで積み上げてきたものを出せた」と武田。井村ヘッドも「精いっぱい戦った。よく泳いだね」と話した。ロシアの力は圧倒的だった。10人の審判のうち7人が10点満点。「今日のロシアは本物だった」と井村ヘッドも完敗を認めた。「1つのピリオド。今後(日本の強化に)どういう形でかかわっていくか考えたい」。教え子の立花、武田とともに、一線を退くことを示唆した。78年に代表コーチに就任し、以来26年間で6度の五輪を経験。1度も金はとれなかったが、常にメダルをとり続ける安定感は抜群だった。エースとコーチが去る日本シンクロ界。北京大会への準備は、すぐに始まる。』
NEWS『世界のメダル地図が、塗り変わっている。26日のテコンドー女子49キロ級で、陳詩欣(25)が台湾に夏冬通じて初の金メダルをもたらした。1932年の五輪初参加以来、72年かけての悲願達成だった。台湾以外にも、今大会で「初金」を獲得した国が5カ国。競技別でも、多くの国が「同競技初の金」を達成している。メダルの一極集中傾向にあった五輪で、台頭する新興勢力。金メダルのチャンスは、すべての参加国に平等にある。70年以上、待った。試合終了と同時に、陳は右の拳を突き上げ、叫んだ。32年の五輪初参加以来、銀4、銅6の台湾が待ち望んだ夏冬通じて初めての金メダル。「初めての金ということは分かっていた。誇りに思う」。陳の直後には、男子58キロ級で朱も優勝。72年間破れなかったカベを突破し、いきなり2人の金メダリストが誕生した。台湾だけではない。今大会、悲願の「初金」に沸く国が続出している。初めて金メダルを獲得したのは6カ国。競技別でも水泳男子400メートルリレーの南アフリカ、柔道の地元ギリシャのイリアディスら伏兵と思われた国の選手が勝った。これまでは、各競技に圧倒的に強い国があった。しかし、情報戦略が進み、高い技術やトレーニング法がすぐに世界中へ伝わるようになった。その競技の先進国で練習し、五輪は母国から出場する選手も増えた。象徴的だったのは、日本が団体総合で優勝した体操男子。個人総合、種目別を含め8個の金が、8カ国に分散された。どの国にも金メダルのチャンスはある。一方で大国の米国、ロシアは低迷している。96年44個、00年40個の金を獲得した米国は今大会、26日までで28個止まり。00年32個で2位のロシアはまだ15個で4位に落ちている。大国が低迷し、新興勢力が台頭している。大会14日目までで、金メダルを獲得したのは53カ国。過去最多だった96年アトランタ大会に並んだ。この勢いなら、記録が塗り替わる可能性は高い。一極集中の時代は終わった。金メダリストは母国に戻ってスポーツ振興の種をまき、さらにスポーツの力を伸ばす。塗り替わる世界メダル地図。108年目の原点回帰を機に、五輪も2強時代から新たな時代に突入しようとしている。』
NEWS『◇アテネ五輪水泳で大活躍した北島康介選手の格好をした山形市のJR北山形駅前の小便小僧に26日、金メダル二つと銅メダル一つ、オリーブの冠が“授与”された。◇「衣替え」が名物の小便小僧。5日に競泳パンツ姿の北島選手に変身した際、衣装を作った山形女子専門学校の学生たちが金メダルを飾り忘れ、「本物を取るまでお預け」になっていた。』
NEWS『26日付のシンガポール紙ストレーツ・タイムズは運動面の1ページを割いて、シドニー五輪で金メダル5個と振るわなかった日本が、アテネでは「お家芸の柔道の活躍で、目標を上回る金メダル15個を獲得、驚きの復活を遂げた」と紹介した。谷亮子、北島康介選手ら日本人の金・銀メダリストのうち15人を写真入りで伝えた。同紙は、世界各国のメダル獲得順位で上位に躍り出た日本の活躍の要因は「多くの日本人記者が指摘するように、15個のうち9個を手にした女性選手の活躍にある」と指摘した。日本オリンピック委員会からメダリストへの報奨金の額なども紹介。科学的分析を重視し、種目によってはコーチやサポート要員の人数が選手より多いことも伝えた。』
NEWS『アテネ五輪 競泳 柴田選手、知事を表敬−−初の「金」獲得を報告 /鹿児島◇女子自由形アテネ五輪の競泳女子八百メートル自由形で、日本の女子自由形初のメダルを獲得した鹿屋体育大の柴田亜衣選手(22)が27日、県庁や鹿屋市役所を表敬訪問し優勝報告した。柴田選手は午後4時すぎ、コーチとして現地で付き添った同大の田中孝夫水泳部監督やミュンヘン五輪金メダリストの田口信教学長補佐らと知事室を訪ね、伊藤祐一郎知事と約20分間会談した。伊藤知事の「泳いでいる8分間は何を考えていたの?」との質問に、柴田選手は「田中監督の『慌てず、焦らず、あきらめず』という言葉を心の中で繰り返していた」とのエピソードを改めて披露。伊藤知事が県民栄誉表彰の授与を伝え、「次は世界記録を」と激励すると、「頑張ります」と“亜衣ちゃんスマイル”で応えていた。また、県庁に先立ち、鹿屋市役所も訪れた。駐車場であった出迎え式には約600人の市民らが集まり、鹿屋体育大OBの市職員らによる祝福のエールを受けた後、山下栄市長を表敬訪問。競泳日本選手団全選手のサインが入った大皿(直径約30センチ)を山下市長に贈り、「金メダルはみなさんの応援のお陰です」と謝意を表した』
NEWS『アテネ五輪で史上最多のメダルを獲得した日本。日本オリンピック委員会(JOC)の報奨金は1億5300万円(28日現在)となり、初めて1億円を突破した。JOCの報奨金は92年のアルベールビル五輪から始まった。金300万円、銀200万円、銅100万円で、団体競技の各選手にも一律に支給される。前回のシドニー五輪では1億4000万円の予算に対し8500万円が支給されたが、今回は倍近い2億6600万円を確保している。 ◆プラスアルファ
各競技団体の報奨は懐具合に応じてそれぞれだ。日本陸上競技連盟は女子マラソン金メダルの野口みずき選手に500万円、コーチにも250万円を支給する。日本体操協会の規定では金30万円、銀20万円、銅10万円だが、28年ぶりに男子団体総合で金に輝いただけに「今回はプラスアルファが出る可能性もある」という。日本水泳連盟は「規定がなく役員が帰国する31日以降に決める」(広報)と説明する。8個の金ラッシュに沸いた柔道だが、全日本柔道連盟にも規定がない。このため企業の報奨が気になるが、五輪3連覇達成の野村忠宏選手について、所属のミキハウスは「何も決まっていない。前回も数字は出していない」。谷亮子選手が所属するトヨタ自動車も「数字は公表していない」。対照的に「前回は銅で1000万円。今回はそれ以上」と明かすのは、日本競輪選手会。自転車チームスプリント銀メダルの3選手には日本自転車競技連盟からも報奨金が。◆すそ野を広げろ
日本レスリング協会は前回、金1000万円、銀500万円、銅300万円の支給を決めたが、今回は女子で4階級制覇の期待もあり内容を変更。金メダルの吉田沙保里選手と伊調馨選手に純金メダルと旅行券(ともに100万円相当)、協賛3社から計約255万円の賞金を出すなどする。何かと話題になる報奨金だが、スポーツジャーナリストの谷口源太郎さんは「限られた選手だけ評価する報奨金は、スポーツの土壌を豊かにしない。北京五輪に向け、スポーツ全体のすそ野を広げる考え方にシフトすべきだ」と指摘する。』
08・26 三浦遠泳の写真をUPしました。飛び込み練習会、長距離練習会をUPしました。
NEWS『競泳でメダルを獲得した男女7選手がそろって、競泳日本代表チームとオフィシャルスポンサー契約を結ぶ日本コカ・コーラ社の人気飲料「アクエリアス」
のCMに出演するプランが浮上していることが25日、分かった。』
NEWS『アテネ五輪第13日の25日、シンクロナイズドスイミングはデュエットの決勝フリールーティン(FR)を行い、立花美哉、武田美保組(井村シンクロク)は、98・417点でシドニー五輪に続く2大会連続の銀メダルを獲得した。日本勢はシンクロナイズドスイミングが初採用された1984年のロサンゼルス五輪以来、ソロ、チームを含め6大会連続のメダル獲得。昨年の世界選手権優勝のアナスタシア・ダビドワ、アナスタシア・エルマコワ組(ロシア)が99・334点で優勝した。
立花美哉「精いっぱい演技ができたことが、一番うれしい。ここまで来るのに苦しいときもあったが、井村先生によくやったと言われたのがすごくうれしい」
武田美保「本音は金を欲しかったけど(力を)出し切った。自分の中では、銀でいいですという感じ。やり残しは全然感じない」
シンクロナイズドスイミング・井村雅代ヘッドコーチ「最高の演技をしてくれた。ロシアとか、メダルとか関係なかった。泳ぐ前に、わたしのエネルギーを全部あげるから、と言って送り出した。念じると届くんですよ」
◆立花 美哉(たちばな・みや、井村シンクロク=シンクロナイズドスイミング・デュエット)アトランタ五輪チーム3位。シドニー五輪はチーム、デュエットとも銀メダル。01年世界選手権デュエット優勝。大阪・四天王寺高出。170センチ、57キロ。29歳。京都府出身。
◆武田 美保(たけだ・みほ、井村シンクロク=同)立花同様チームはアトランタ五輪3位で、シドニー五輪銀メダル。97年から立花とペアを組み、デュエットではシドニーで銀メダルを獲得し、01年世界選手権優勝。立命大出。165センチ、55キロ。27歳。京都府出身。
◆アナスタシア・ダビドワ(ロシア=シンクロナイズドスイミング・デュエット)昨年の世界選手権はデュエットとチームで優勝。ことしの欧州選手権デュエットも制覇。168センチ、54キロ。21歳。
◆アナスタシア・エルマコワ(ロシア=同)昨年の世界選手権ではダビドワとのペアでデュエットを制したほか、ソロでも2位になった。170センチ、53キロ。21歳。(共同)』
NEWS『ロイター通信によると、ギリシャの経済・財務省高官は25日、政府がアテネ五輪に支出する五輪関連予算の総額が、当初の予想の倍以上の100億ユーロ(約1兆3300億円)に近づきつつあることを明らかにした。同国政府は当初、関連予算の総額を46億ユーロと算定。しかし競技場の新設などで出費がかさみ、ことし6月に60億ユーロに修正した。その後、五輪警備費の増額で70億ユーロを超えるのが確実となり、国民の間に将来の増税などを不安視する声も出始めている。』
NEWS『男子3メートル板飛び込み準決勝を行い、期待の寺内健(24)=甲子園大大学院=は5位で、上位12人による決勝に進んだ。準決勝から持ち上がる得点は245・64で、ト
ップのドミトリー・サウティン(30)=ロシア=と10・74差の4番目。日本飛び込み史上初の五輪メダルが見えてきた。緊張感が漂った。準決勝の得点も最終成績に加算されるため、ここがメダル争いの第1ラウンド。基本的な演技で姿勢の美しさ、正確さを競う制限選択5試技を寺内は黙々とこなした。「板が古い型で硬く、弾みにくい」という馬淵崇英コーチの懸念を払しょく。3回目の「後ろ飛びエビ型」でやや回りすぎて入水が乱れたものの、好位置を確保して決勝に進んだ。「板は軟らかめが好きだけど、試合になればみんな一緒。関係ない。自分のやってきたことを出すだけ」。同じく5位で決勝に進出しながら緊張で1回目にミスをしたシドニーとは違う。寺内が10歳の時から指導してきた馬淵コーチも五輪挑戦3度目でめぐってきた最大のチャンスと見ている。「決勝はみんな(自由選択で)難易率が高く、失敗する可能性も高くなる。(寺内が)100%の踏み切りをすれば安定性で詰めていける」と自信を見せる。表彰台に上がれば日本人初の快挙。だが、2人が目指しているのはあくまでも表彰台の真ん中だ。「相手が誰であろうと、負ける気はない」と闘志満々だった』
NEWS『シンクロナイズドスイミングのデュエットで、立花美哉(29)武田美保(27=ともに井村シンクロク)組が、2大会連続の銀メダルを獲得した。決勝フリールーティン(FR)で逆転を狙ったが、ダビドワ、エルマコワ組(ロシア)に及ばなかった。悲願の金メダルはならなかったが、シンクロが五輪に採用された84年ロサンゼルス大会から続く日本の連続のメダル(6大会)を守った。今日26日から始まるチーム競技で日本初の金メダルを目指す。競技人生の集大成の演技だった。デュエット決勝FR。立花、武田組は、すべての思いを指先、つま先に込めた。「日本人形」をテーマにした3分30秒の舞い。高さがあり、乱れのない演技で観衆、審判を魅了した。予選で2位となり、1位のロシア組を逆転することはできなかった。しかし堂々の2大会連続の銀メダルだった 審判の頭には「1位ロシア、2位日本」の印象が刷り込まれていた。昨年世界選手権、4月の五輪予選。世界、審判に対して、絶好のアピールの場で、ロシアに連敗。五輪本番前に、日本の「格付け」を上げられなかった。2人とも採点競技の特性は十分理解している。だが、本番まで打倒ロシアをあきらめたことはなかった。4月の五輪予選で不評だった「歌舞伎」のプログラムを大幅変更。日本調を残しつつ、日本人形のように可憐(かれん)で、リズミカルな動きを取り入れ、ポップ調に変えた。ギリギリまで挑戦を続けた。2人がデュエットを組んで8年がたつ。「タケの力を借りないと世界は狙えない」(立花)「金メダルを狙うためには、ミヤさん以外では無理」(武田)。互いに認め合った2人は、五輪の表彰台の真ん中を目指してきた。01年世界選手権では世界大会初制覇し、2人そろって02年シーズン限りの引退を決めていた。だが、同年9月W杯で、当時19歳だった今大会のロシアペアに敗れた。2人の負けじ魂に火が付き、引退撤回。以来、アテネでの打倒ロシアを目標にした。立花、武田のデュエットの戦いは終わった。だが、2人の戦いは決して無駄に終わったわけではない。この日の2人の演技には、ロシアペアに負けない、手拍子、拍手が起きた。金メダルには届かなかったが、84年ロサンゼルス大会からの日本の連続メダル(6大会)と全種目メダルを守った。まだ、チームで打倒ロシアのチャンスは残っている。チームTR「阿波おどり」の最後には「人間風車8連発」の大技も用意している。最後の金メダルの夢へ、あと2日、全力を尽くす』
NEWS『北島が約500人のOLにKO? された。アテネ五輪でメダルを獲得した日本競泳陣7人が25日、東京・丸の内の日本水泳連盟のスポンサー企業である東京海上火災保険を表敬訪問。「2冠王」北島をひと目見ようと、同社ビル1階にOL約500人がカメラ持参で殺到した。「ここに来て、人がいっぱい出迎えてくれてびっくりした」と北島。前日24日に帰国したばかりで「昨夜は和食とコンビニの雑誌を読んで堪能した」と笑みを浮かべた。』
NEWS『8個のメダルラッシュとなった日本競泳陣が24日、成田空港に帰国し、記者会見に臨んだ。日本競泳史上最多3個のメダリストになった北島康介(21=日体大)は、プロ選手らしく一人だけビジネスクラスを利用したという。約600人が出迎えた空港ロビーでも終始笑顔。今後の日程については「何も考えていない」と話したが、9月3日からのインカレ(大学選手権)には登録済み。「大学最後の試合だし、調子と体調次第で」と、1年生以来の出場に含みを持たせた。北島には取材依頼も殺到しているが、所属事務所「サニーサイドアップ」によると「本人が休みたがっている。テレビの場合はバラエティーではなく、報道番組などになる」と部門限定での露出になる。北島は「ハンセンの世界記録(100、200メートル平泳ぎ)も残っており、みなさんの前で最高のパフォーマンスをしたい」と目を輝かせていた。』
NEWS『終幕が近づいてきたアテネ五輪。地元ではオリンピック公式グッズが大人気で、総売上高が1億ユーロ(約133億円)を超える一方、オリンピック・ブームをあてこんだ旧来の土産物店はユーロ高の影響もあってか軒並み不振。「五輪商戦」の明暗がくっきり分かれている。アテネ有数の繁華街、エルムー通りにある五輪公式グッズ・ショップ。数千種類あるグッズのほぼ全商品がそろうギリシャ最大の直営店だ。店内は常時、五輪選手や観光客らで行列が絶えない。Tシャツやマスコットなどを大量に買い込んでいた米国人の女性観光客は「種類が豊富でデザインもおしゃれ。お土産に最適ね」。販売元のアテネ五輪組織委員会によると、外国販売分も含めたグッズの売り上げは、これまで1億800万ユーロ。既にシドニー五輪の数字を4割上回った。 』
NEWS『金メダル3、銀メダル1、銅メダル4を獲得した競泳選手団が24日、成田空港着の日航機、全日空機で帰国した。男子百メートル、二百メートル平泳ぎで2
冠を達成した北島康介(21)=東京SC=は、地元の荒川区から区民プールを「北島記念プール」と名称変更することを要請されているが、現役引退するまで拒否する考えを示した。「これまでの実績をすべてリセットする」と恩師の平井伯昌コーチ(41)は断言。金メダリストの名声、実績をすべて投げ捨て、挑戦者として、08年北京五輪で2冠連覇を目指す。金、金、銅。3つのメダルを首から下げた北島は、カチャカチャと“福音”を鳴らしながら、到着ゲートに現れた。居合わせた旅行者ら約300人から一斉に大歓声が上がり、カメラのフラッシュがたかれた。百メートル平泳ぎを制した直後「気持ちいい。超気持ちいい」と感情をあらわにした北島は「今、冷静に考えても“鳥肌もの”ですね」と笑顔を見せた。日本水泳史上、初めて五輪で2つの金メダルを獲得。凱旋帰国し、今後、北島フィーバーはさらに盛り上がることは間違いない。地元の荒川区では、同じく2冠を達成した昨年の世界選手権の直後から、区民プールを「北島記念プール」と名乗ることを要請。アテネ五輪の活躍で、再び荒川区から打診を受けた北島サイドは、丁重かつ断固として拒否する考えだ。「北島記念プールといったら、まるで引退した選手みたいじゃないですか。まだまだ、これからの選手です」と関係者は話した。世界の頂点に上りつめた21歳は、08年北京五輪に向けて“リセット”する覚悟だ。帰国する直前の22日、選手村で平井コーチとひざを突き合わせて今後の方針について話し合った。「これですべてリセットする。また一から始める。4年後の目標は金メダルしかない」平井コーチの熱い言葉に、北島は黙ってうなずいた。五輪後、初レースとなる予定の日本学生水泳選手権(9月3〜5日)については「体調見てから」と慎重に話したが、来年以降、最初のターゲットは世界記録奪還に絞っている。「まだ上には(ブレンダン・)ハンセン(米国)の記録が残っているからね」とニヤリ。ライバルが持つ百メートル(59秒30)、二百メートル(1分9秒04)の記録更新に意欲を見せた。北島康介は、ひとりのスイマーとして、挑戦者として、泳ぎ続ける。
◆お疲れさまでした〜競泳陣ら続々帰国
後輩指導しながら山本金メダル狙う
〇…競泳陣の主将として周囲を盛り上げ、銀、銅メダルを獲得した山本貴司(26)=近大職=。成田空港では2つのメダルを堂々と首からかけてファンの前に披露した。「この前の2大会ではメダルが取れなかったし、本当にうれしい」と笑顔。今後については「後輩の指導をしながら泳ぐのかな」と母校の近大で後進の指導もしながら競技生活を続け、目標である金メダル獲得を目指す考えを明らかにした。
森田所属ジムに入会希望者殺到
〇…男子100メートル背泳ぎで銅メダルを獲得した森田智己(19)=セントラルスポーツ=は、「初めての舞台で自分の持っているものを出せた」と笑顔。全国に160店舗あるセントラルスポーツは、メダル効果で問い合わせが殺到。88年ソウル五輪の100メートル背泳ぎで鈴木大地が金メダルを獲得したときは、3か月で入会者数が20%増加したが、今回は15%の増加が見込まれている。
◆雅美引退示唆も未練「整理に時間」
〇…田中雅美(25)=SAT北海道=は、現役引退について悩める胸中を明かした。3度目の五輪で、女子100メートル平泳ぎでは準決勝で敗退。女子200メートル平泳ぎでも4位。試合後には引退を示唆していたが、この日は「今はまだ(アテネ五輪を)振り返る余裕はない。気持ちの整理をするには、まだ時間がかかると思います。ただ、悔しさはフツフツと込み上げてきています」と競技生活に未練が残っていることを明かしていた。』
NEWS『日本のメダルラッシュにわいてきたアテネ五輪。選手たちの活躍が、各方面で波及効果をもたらしている。選手と同じユニホームや応援グッズの売れ行きが好調なのに加えて、競泳平泳ぎ二冠の北島康介選手(21)(東京SC、日体大)にあやかってスイミングスクールなどに子供を入会させたいという申し込みが急増。深夜の競技を録画するDVDレコーダーの
売り上げも増加している。終盤を迎えた五輪の熱戦と共に、“五輪特需”も大詰めを迎えている。体操の塚原直也選手(27)(朝日生命)が技術アドバイザーを務め、父の光男さん(56)が校長の「朝日生命体操教室」(東京都世田谷区)には、直也選手の五輪出場が決まった5月ごろから入会の問い合わせが増え、いまは通常の2倍以上の月50件ほど。大阪市の卓球場「西なんばアリーナ」。福原愛選手(15)と同じユニホームを着込み、ポイントを取った時の掛け声をまねる少女も。五輪3連覇の柔道、野村忠宏選手(29)がけいこに励んだ奈良県広陵町の自宅道場「豊徳館」では、入門者が約1割増え、3歳児も門をたたいたという。
多くの五輪選手にウエアや用具を提供しているミズノ。東京都千代田区にある専門店「エスポートミズノ」は、五輪期間の関連商品の売り上げを約30億円と見込む。
売れ筋は野球日本代表のユニホームのレプリカ(税込み1万2600円)。長嶋茂雄監督(68)と同じ「背番号3」は40―50歳代に人気で、この2か月で170着売り上げた。愛ちゃん人気で卓球ウエアも好調。北島選手の金メダル記念Tシャツは予約段階で完売した。同店では「日本のメダル獲得の翌日や週末は問い合わせが殺到する」と話す。
ビックカメラ本部(東京都豊島区)によると、7月から8月にかけて、DVDレコーダーの売り上げは前年比4―5倍増。特に長時間録画が可能なタイプが人気という。液晶テレビやプラズマテレビも、32型や42型の大型を中心に前年比3―4倍増となっている。
東京都台東区の上野松坂屋では、北島選手が平泳ぎで2冠を達成した後、選手の実家の精肉店(同荒川区)の特製メンチカツを販売。開店直後から行列が出来るほどの人気で、30分ほどで完売する。「会社を休んで来た」という千葉県八千代市の女性(26)もいた。』
NEWS『アテネで初めて金メダルに触れた。競泳平泳ぎで2冠を達成した北島康介(21=日体大)の一夜明け会見。「金メダルに触わらせて」とのぶしつけな頼みに、全く嫌がらずに「いいですよ」と応えてくれた。十数人の取材陣が2つの金メダルを取り合うように触った。北島はアテネで、日本ではあまり見せない人間くささを見せてくれた。100メートルのレース直後に号泣した。米国から泳法違反のクレームをつけられた時は「絶対に負けられねぇ」とべらんめえ調でまくし立てた。最終種目のメドレーリレーで銅メダルを取った時は「金の価値がある」と会心の笑みを見せた。取材規制の多いアテネの方が、本当の北島が見えたような気がした。なぜか。最近はスポーツ選手も続々とマネジメント会社と契約した。するとパブリシティーを考えてか、ざっくばらんな会話の場をあまり設けなくなる。差し障りのないコメントだけで取材制限。北島も同様で、日本オリンピック委員会(JOC)の規制だけの五輪に比べて、国内での接触の方が難しくなりつつある。冒頭の会見で、北島はジャージーのポケットに金メダル2個を無造作に突っ込んできた。「箱がないんですよ、これ」。そんな態度からは、五輪金メダルが最終目標ではないとの姿勢が伝わってきた。アテネで商品価値の上がった北島の人間的な一面を国内で見ることは、これまで以上に大変になるだろう。ソープのような優等生なイメージだけでは面白みがないし、人間的に魅力のある北島だからこそ、ソープになって欲しくない』
NEWS『『人間ノーチラス』といわれた古川勝の潜水泳法、といっても若い人は知らないだろう。1956年メルボルン五輪男子200メートル平泳ぎで金メダルを取った古川はスタートして40メートルも潜りっぱなし、という超人的な潜水で悠々と1位になった。『ノーチラス』は米国で54年に進水した世界最初の原子力潜水艦だ200メートルのうち75%は水の中で「観客は面白くない」と国際水連が翌年から禁止したが、実は古川が強過ぎたことによる“日本たたき”だったとか。72年ミュンヘン大会100メートル金の田口信教も、その前のメキシコでは準決勝1位になりながら、独自に開発したキックが「(バタフライの)ドルフィンキックが入っている」と失格になったアテネで100メートルに続き、200メートルでも圧倒的な強さを見せて2冠となった北島にも「スタート直後にドルフィンキックを打っている」と100メートルの後、米国チームからクレームがついた。しかし、北島は「いわれたからには、絶対に負けられねえ」と逆手にとってライバルをねじ伏せた強い選手が出るたびに泳法に物言いがつく。それが日本の平泳ぎの歴史でもある。とはいえ、どんなに外国が泳法で揺さぶりをかけても、日本の平泳ぎには絶対の強みがある。キックにぴったりの足の短さだ。「足が長い外国人は蹴る力は強いが、戻すときの水の抵抗が大きすぎ、その分、タイムをロスすることになる」と水連関係者は話す「平泳ぎはルールもやかましいから、テクニックもいる。その分、ほかの種目に比べて選手寿命が長い」とも。北島はまだ21歳。四の五の言わせぬ痛快な勝ちっぷりは、次の北京でも見られるわけだ。』
08・25 久々の更新です!!。アテネ五輪も終わり、2日連続の大会が終わり、ほっとして、少しお休み…と思っておりましたところ、PCに、強烈なウイルスが入ってきました!!。何だかわかりませんが、消せないウインドウがグルグル回るやつです。そんなこんなで、更新もできませんでした…。
先日行われた「全中」に、シロガネ〜ゼ星野君が、決勝に進出!!。今年は横浜国際だったので見に行ってきました!!。帰りに「SPEEDO」で「限定だよ」と勧められて「コースロープ柄のストラップ」を買わされてしました…。ワッカにしちゃうとコースロープっぽくない…。 こちら、全中のオフィシャルサイトみたいです。
★三浦遠泳レポート★
予報では雨ということで、だいぶ天候を気にしていたのに、当日は、素晴らしい晴天!!。絶好の日焼け日和!?、とにかく暑い一日でした。今回、あらいSSからの出場者は8名。しかし、会場にいた「あらいSS」の数は…。応援の数が多すぎる…、だったら、みんな出ようよ!!。
会場に着くと、受付。そこで腕にナンバリング。チームごとに決まっている「海の家」に行く。出る人はタダ。出ない人は1500円がかかる…。何も言われない限り、知らん顔をしていましたが、すぐに海の家の人が近づいてきて、「あのう、この人たち、みんな大会に出るんですか??。」もう応援組は、ワンピースに浮き輪とか持っていて、明らかに不自然…。「た、たしか、みんな出るような出ないような…。」仕方なく1,500円を…。さて、これからレースの準備を…。と、その時、派手なビーチボールをふくらまし始める星野さん。「い、今、ふくらまさなくても…緊張感が抜ける〜。」「あ〜そうなんだ〜。
」今年は、クラゲが、多いといううわさ。確かにクラゲはいたし、何回も刺されましたが、でも、以前の大量発生から比べたら、たいしたことはない。波もなく、私としては、結構いい条件だったと思いました。とにかく、耐えられないのは、「寒さ」。私はこれさえクリアされればあとはどうでもいい!!。
水着、ゴーグルチェック。わきの下には「ワセリン」をたっぷり塗る。10:00、チャンピオンクラス、スタート!!。私は、お約束スタートを決め!?スタート!!。時間差で全員がスタート!!。とにかく応援が多かったので、特に男性は!?ずいぶん気合が入ったらしい…。次々にゴール!!。ゴールする皆を全員でお出迎え。一番にゴールは最初にスタートした、あらい。10位を狙っていましたが、14位。3kmまで様子を伺って、ラスト1kmで、飛ばしたつもりが、すでに遅かった…。次は、私より45分遅れでスタートしたはずの安本さんが…。「足をつって、死にそうになった…。」と、途中棄権。スタート前の女性陣の過剰な応援で、飛ばしちゃったらしい…。次にゴールは小野さん。目標タイムにはちょっと届きませんでしたが!?、1時間18分でゴール。次に高橋さん。もう大声援!!。周りの人たちも、「すごい人気者がゴールした」と、大注目!!。続いて女子。予定よりはるかに早くゴールしたのは西尾さん。これはかなり上位にいったに違いない。続いて、矢島さん。こちらも、かなり早いタイムでゴール!!。続いて前日から泊まりで参加の寺井さん。
最後に初出場の森谷さんのゴールを待つ。ご主人が心配で心配で仕方のない様子。そんな中、波打ち際に行き、クラゲをわしづかみにして戻ってくる女性が…。「このクラゲは刺さないから大丈夫。」「ほ、ホント??。」「刺すのは電気クラゲだけなの。」「で、電気クラゲ??。」「電気クラゲに刺されたら、病院にいかなきゃダメなの。」う〜ん、さ、さすが中村さん。よく分かんないけど、すごい!!。そして、森谷さんがゴール!!。全員が無事泳ぎきりました!!。海の家に戻り、みんなで乾杯!!。とっても気がきく渡辺(姉)の差し入れでフルーツの盛り合わせ。「さすがお姉さん!!。」皆が絶賛!!。「で、でも、これ、妹が言い出したことなんです!!」妹をフォローするお姉さん。「言い出したのは妹でも、作ったのはお姉さんでしょ。」すると妹が「わ、私だって、タッパーの、ふたを閉めました…。」そして、昼食。食べ始めた頃、表彰式が始まった。男子は結果が出ているが、女子が出ていない。「たぶん西尾さんは入賞していると思うから表彰に出よう!!。」と表彰所へ。「続いて40台女子の部、第2位、西尾佐和子さん」「うわ〜!!。きゃ〜!!。」もうすごい盛り上がり。そして、「第5位、矢島のぞみさん!!」「すご〜い!!」これはすごい!!。入賞すると翌年の参加費が半額に!!。しばらく、砂浜で遊んで、帰りました。出場選手の皆様、お疲れ様でした。応援の皆様ありがとうございました!!。来年も出ましょう!!。写真は後日UPします!!。
あらいSSの皆様へお知らせ
●あらいSS♪納涼会●
さて、この暑い暑い夏を乗り切るために、「納涼会」を行いたいと思います!!。皆さん、「ゆかた」って持ってますよね!!。「ゆかたはあるけど、結局、着るチャンスがないのよね〜。でも捨てるわけにも行かないし…。」そんな困った悩みを解決するための企画です!!。そう、「ゆかたで納涼会!!。」今年は、ゆかたが流行のようです。安い「ゆかた」が出回ってる!!。男性は、「じんべい」なんてのもお手軽でいいかも!!。そして、「お着替え用ルーム」を4:30〜5:00の間使わせていただけることになりました!!。現地で着替える方は、4:30〜5:00の間に来てください!!。
※着付けの出来る方募集!!。着付けの出来る方、ご協力をお願いします!!。
納涼会
会 場 元海(げんかい)
日 時 8月28日(土) 午後 5:00〜
参加費 5,000円
参加条件ゆかたまたはじんべいを着てくること
※現地で着替える方は4:30〜5:00の間、「お着替えルーム」を用意していただきました。
●町田ロング●
だいぶ先の話ですが、11月に、毎年、町田で「日本マスターズ長距離大会」があります。そろそろ要綱が来ると思いますので、あらかじめエントリーをお願いします。
大会名 日本マスターズ長距離大会
会 場 町田市立室内プール
日 程 11月6日(土)・7日(日)
参加費 1種目2,500円
〆 切 8月31日
競技種目
11月6日:男子1500m自由形
11月7日:女子800m自由形・男女400m個人メドレー
●小田原マスターズ●
これまた毎年出場している、短水路の長距離大会!!。今年は、沖縄遠泳がダブってしまうので、出場断念かと思っていましたら、1週ずれているので出場できます!!。
大会名 小田原マスターズ長距離大会
会 場 ユガワラ スポーツクラブ
日 程 10月17(日)
参加費 1種目 4,000円
〆 切 9月2日
競技種目 男女1500m自由形・800m自由形
NEWS『アテネ五輪で戦後最多となる計8個のメダルを獲得した日本競泳陣が24日、成田着の航空機で帰国した。男子平泳ぎ百メートルと二百メートルを制し、競泳日本選手として初の1大会個人2冠に輝いた北島康介選手(日体大)は「まだ上にはハンセン(米国)の記録が残っている」と話し、両種目の世界記録更新にさらなる意欲を見せた。7人のメダリストは、成田市内のホテルで記者会見。北島選手は「五輪の舞台で金メダルを取るという夢を実現してホッとしている」と、安堵(あんど)の笑みを浮かべた。9月3日から始まる日本学生選手権にエントリーしているが、出場は体調などを考慮して決めるという。北島を指導する平井伯昌コーチは「4年後(北京五輪)の目標は当然、金メダルしかない。また一から始めていかなければいけない」と話した。』
NEWS『アテネ五輪で日本の獲得メダル総数が23日までに計32個となり、1984年ロサンゼルス大会と並ぶ歴代最多タイとなった。大会は残り6日間。野球やシンクロナイズドスイミング、レスリング男子などメダル期待種目が残っており、総数での新記録更新は確実な情勢だ。84年ロサンゼルス大会は、ソ連など当時の東側諸国が不参加。日本は体操やレスリングなどでメダルを量産した。地元開催の64年東京大会と72年ミュンヘン大会が29個だった。日本は近年、低迷を続け、96年アトランタ大会14個、前回のシドニー大会は18個と、メダル総数は20個を割り込んでいた。 今大会は金メダル数も15個で、64年東京大会の16個まであと1個。「金」の記録更新も期待されている。』
NEWS『日本競泳史上最多の同一大会3個目のメダルを手にした北島康介(21)=東京SC=は快挙から一夜明けた22日、選手村で日本選手団の竹田恒和団長(56)から女子八百メートル自由形金メダルの柴田亜衣(22)とともに「団長賞」を授与された。「最高の締めくくりができた。メドレーの銅は金メダルくらいの価値がある」。21日の男子四百メートルメドレーリレーの決勝では、第1泳者の百メートル背泳ぎ銅メダルの森田が54秒25の日本新記録をマーク。第2泳者の北島もこれに続く力泳で日本(ほかに山本、奥村)を引っ張り、3分35秒22の日本新で銅メダルを獲得した。同種目では60年ローマ大会の銅以来2度目の表彰台。女子は5位で2大会連続のメダルを逃したものの、戦後最多のメダル8個を獲得。日本中を沸せた最強の競泳陣は24日に凱旋帰国する。』
NEWS『史上初の1大会3個のメダルを獲得した北島康介(21=日体大)が、日本チームの新リーダーになる。今大会最終種目の男子400メートルメドレーリレーで、日本(森田、北島、山本、奥村)は3分35秒22の日本新をマークし、銅メダルを獲得した。60年ローマ大会の銅以来44年ぶりの表彰台。メダルラッシュに沸いた水泳ニッポンが戦後最多8個目のメダルで有終の美を飾った。日本チームの主将で、バタフライの山本貴司(26)が今大会限りで引退するが、今後は北島が、北京へ、日本チームを引っ張っていく。2個の金メダルとは、別の喜びに浸っていた。男子400メートルメドレーリレー決勝。電光掲示板でメダルを確認した北島はガッツポーズをすると、今大会限りで引退する山本と抱き合った。「この銅メダルは、金メダルと同じくらいの価値がある」。史上初の3個目のメダルは、最高の輝きだった。第1泳者の森田から3位で引き継ぐと、トップの米国との差を縮めた。59秒35と全体のトップ。2冠王の意地を見せて、日本チームの44年ぶりのメダル獲得に貢献した。「最高の日本チームだった。みんながいたからここまでこれた。最高です」。チームメートへの感謝の言葉を口にした。史上最強のメンバーは、北島効果のたまものだった。男子低迷に終わった前回シドニー大会後の01年世界選手権で、北島は初めて世界大会でメダルを獲得。02年のアジア大会では200メートルで世界記録。03年世界選手権2冠と続けざまに世界で活躍した。周囲に刺激を与えるばかりか「やればできる」と世界を身近にする役目を果たした。アテネの躍進につながった。シドニー大会前から強れつなリーダーシップで日本チームを引っ張った山本は、アテネを最後に引退する。チームの士気を高めるために努力を惜しまなかった山本の背中は常に見てきた。実績はもちろん、年齢的にも、次の北京に向けては、自分が日本チームを引っ張る。覚悟はできている。北島は日本チームとともに明日24日、がい旋帰国する。4年間目指してきたアテネでは最高の結果を残した。次の当面の目標はハンセンの世界記録の更新。そして、米国、オーストラリアに続く水泳強国になった日本を、さらにレベルアップさせる。そんな大事な役目を、アテネ後は引き受けることになる。』
NEWS『世界中が驚いた。競泳の女子800メートル自由形で柴田亜衣(22=鹿屋体大)が、驚異の逆転劇で歴史的な金メダルをつかんだ。スタートから飛ばしたマナドゥを最後の50メートルで抜き去り8分24秒54で優勝。日本女子としては92年バルセロナ大会の岩崎恭子以来4人目の金メダルに輝いた。初出場でほぼ無名、直前に急激に力をつけたのは岩崎と同じだった。、自由形では女子史上初、男子を含めても36年ベルリン大会の寺田登以来68年ぶりの快挙になった。涙が止まらなくなった。金メダルを首にかけられた表彰式の後、柴田は観客席の田中孝夫コーチ(56)と握手した。その直後、大きな目から大粒の涙があふれた。「コーチの練習をやれば必ず強くなると。日の丸を見て、君が代を聞いたら、感謝の気持ちでいっぱいになりました」。雑草だった。日本選手権どころか高校総体も制したことはない。徳島・穴吹高時代は1人で練習した。当然、強豪大学からの誘いはなかった。高校総体の決勝出場という条件を何とか5位でクリアして、鹿児島空港から車で1時間の場所にある鹿屋体大に入学した。昨年世界選手権に出場。予選落ちの惨敗だったが、世界大会の雰囲気に魅了された。「アテネに行きたい」。同年10月当時の世界ランクは33位。数段のレベルアップが必要だった。「本当に行きたいなら、オレに命を預けろ。体がぶっ壊れ、選手生命が絶たれるかもしれないが、いいのか」と田中コーチ。迷わず返した「命、預けます」。壮絶を極める練習が始まった。普通の選手より5キロ以上多い1日20キロのメニューをこなした。50メートルプールを200往復する距離だ。柴田の希望で初めて米ニューメキシコ州で高地合宿も行った。酸素量が減って呼吸が苦しくなる中、心肺機能を高めるために11回手をかいて1回息継ぎする呼吸制限を繰り返した。泳ぐ距離は普段と同じ。そんな地獄練習の効果が、大舞台で大きなご褒美になった。田中コーチも「出会ったころはルビーやサファイアくらいだったが、磨いてみたらダイヤモンドだった」と驚いた。だが、まだゴールではない。山田の背中を追ってきた柴田は「まだ山田さんの日本記録(8分23秒68)がある。出せるように頑張りたい」。日本一の経験がなく、世界一になったのは岩崎恭子以来。水泳界に、遅咲きのニューヒロインが誕生した』
NEWS『日本(中村、田中、大西、永井)は5位に終わり、前回シドニー大会に続くメダルには届かなかった。6位通過の予選の劣勢を跳ね返し、執念で表彰台を狙ったが、あと少しで届かなかった。4人は力を出し切った充実感と悔しさの複雑な気持ちを味わった。前回大会から主力だった田中と大西が、今大会限りで引退する。アトランタ大会から第一線で泳ぎ続けた田中、29歳とチーム最年長の大西。中村と永井は、そんな先輩たちの背中を見ながら育った。「先輩たちの最後のレースをメダルで飾る」との強い気持ちが働いた。金メダルパワーもプラスになった。前日、女子800メートル自由形で柴田が金メダルを獲得した。アンカーの永井は金メダルを見つめて、リレーのメダルに思いをはせた。「最後の自由形が勝負になる。責任を持って泳ぎたい」。さまざまな思いを持った4人が力を結集したが、連続メダルには届かなかった。』
NEWS『平泳ぎ2冠の北島康介(21=日体大)が、3個目となるアテネ有終メダルを獲得した。男子400メートルメドレーリレーで日本(森田、北島、山本、奥村)が3位に入った。第2泳者の北島は、チームを60年ローマ大会の銅以来44年ぶりの表彰台に導いた。日本勢の1大会3個のメダルは、男女を通じて初めて。戦後最多のメダルラッシュに沸いた水泳ニッポンの最後を、最高の形で締めくくった。五輪、世界選手権個人種目のタイトルを完全制覇した北島は来年7月の世界選手権(モントリオール)での世界記録奪還が次の目標になる。北島が何度もガッツポーズを繰り返した。チームメートの森田、山本、奥村とハイタッチして抱き合った。400メートルメドレーリレーのメダルは、60年ローマ大会以来44年ぶりの快挙。北島個人としては、日本勢では初めての1大会3個目のメダル。戦後最多のメダルラッシュに沸いた水泳ニッポンが、最高のフィナーレを飾った。勢いに乗る日本には追い風が吹いていた。前日、スーパースターのソープがいるオーストラリアが9位で予選落ちした。北島は「メダルへのチャンス。喜んでいい」と意気込んだ。山本主将が「決勝で勝負する」と言えば、奥村も「死ぬ気でいく。今までの自分ではない自分を見せたい」と気迫をみなぎらせた。史上最強のメンバーがそろった。リレーメンバー4人中3人がメダリスト。戦前の水泳ニッポン全盛時代にもなかった、史上初のことだった。北島効果でもあった。男子低迷に終わった前回シドニー大会後の01年世界選手権で200メートル3位となり、北島は初めて世界大会でメダルを獲得。02年のアジア大会では200メートルで世界記録をマーク。03年世界選手権2冠と続けざまに世界で活躍した。周囲に刺激を与えるばかりか「やればできる」と世界を身近にする役目を果たした。メンバーの意識も自然に高まった。メダリストの自覚にあふれた。昨年世界選手権のメドレーリレー銅メダルメンバーでもある森田が言う。「去年はただ康ちゃん(北島)につなげようというだけだったけど、今年は違う。僕もそれなりのタイムを持っているから」。昨年までの北島頼みから、それぞれが自分の役目をきっちり果たした。北島自身は、今後を見据えた泳ぎをした。3位で引き継ぎ2位に上がった。五輪2冠を達成したとはいえ、まだ世界記録を取り戻すという新たな目標がある。昨年世界選手権のメドレーリレーでは後半追い込み形ではなく、前半から突っ込んでいくレースをした。ハンセン(米国)らライバルたちを幻惑させた。この日も、存在感を見せつける泳ぎで、メダルに貢献した。アテネの戦いを最高の形で締めくくった北島は、次のステップへの手応えもつかんだ。』
NEWS『全日程を21日に終えた競泳で、日本は戦後最多8個のメダル(金3、銀2、銅4)を獲得した。前回(銀2、銅2)のメダルの色と個数を上回るという目標を達成。メダル数も米国28、豪州15に次ぐ3位だった。
男子が前回のゼロから5個にメダルを増やしたのは、エースの北島康介(日体大)の存在が大きい。前年の世界選手権平泳ぎで世界新の2冠を達成。期待を一身に背負いながら、日本の競泳選手として史上初の個人種目2個の金メダルを獲得した。チームキャプテンの山本貴司(近大職)は「北島康介というスター選手がでてきたことで、チームが活性化され、勢いがついた」と話す。
上野広治監督は飛躍の理由として、五輪代表選考の基準を明確にしたことを挙げた。
過去3年間の世界ランキングをもとに、日本水連が独自に派遣標準記録を作成。日本選手権でその記録を突破して2位以内に入れば、自動的に代表が決まった。世界的に見ても高いハードルだったが、五輪で上位争いができる20人が選ばれた。「オリンピック出場をめざしていた」という柴田亜衣(鹿屋体大)が1年間で記録を伸ばし、女子800メートル自由形で金メダルに手が届いたのも、最初の目標がクリアになっていたからだろう。
96年アトランタ五輪以降に採用した、代表入り後も所属コーチの指導で練習する仕組みも、競技レベルが上がっている現状に合っている。欧州のワールドカップなど、積極的に海外のレース経験を積んできたことも、選手がたくましさを増した理由だ。国立スポーツ科学センターを始め支援体制も充実してきた。上野監督の長期計画のチーム作りが、実を結んだといえる。』
NEWS『競泳の男子400メートルメドレーリレー。 2位で引き継いだアンカーの奥村が、ドイツに抜かれてラスト50メートルのターンを3位で折り返す。銅メダル争いは逃げる日本と追うロシアに絞られた。350メートルでその差は1秒18。昨年の世界チャンピオン、ポポフがぐんぐん迫ってきた。ラスト25メートルで奥村がピッチを上げた。バテてしまえば抜かれてもおかしくない距離だ。キックを利かせて粘る。最後は、0秒69差でポポフを振り切った。「最高にうれしい」
49秒75で自由形を泳ぎ切った奥村は言葉をはずませた。日本にとって男子400メートルリレーで44年ぶりのメダル。流れをつくったのは第1泳者・森田だ。100メートル背泳ぎで3位に入った森田は、得意のスタートで勢いに乗った。53秒45の世界新で泳いだピアソル(米)に次ぐ2位。54秒25は銅メダルのときに出した日本記録を0秒11上回った。続く平泳ぎ2冠の北島は、力強い泳ぎで米国を追いかける。米国の世界記録保持者、ハンセンより0秒02速い59秒35。3位につけるドイツとの差を1秒16まで広げて、バタフライの山本へ。200メートル銀メダリストの山本は、3位に入った昨年の世界選手権のときより0秒37速い51秒87でイトマンスイミングスクールの後輩、奥村に勝負を託した。上野監督は応援でかすれた声を絞り出す。「チームで戦うことを掲げて戦ってきた。このメダルが一番価値がある」。前回五輪でメダルなしに終わった男子が、戦後最多タイとなる5個のメダルをとった。昨年の世界選手権で出した日本記録を0秒90更新する3分35秒22は、競泳男子の躍進を象徴する結果だった。』
NEWS『観客の姿が消えた水泳センターメーンプールの表彰台の上に笑顔がそろった。競泳最終日の21日、男子400メートルメドレーリレーで銅メダルをつかみ、有終の美を飾った競泳ニッポン。チーム全員が一枚の写真に納まり、大健闘をたたえ合った。最終種目となったメドレーリレー。背泳ぎの森田智己選手(19)が飛び出し、百メートルで日本新。続いてエース、平泳ぎ2冠の北島康介選手(21)が続く。バタフライの山本貴司選手(26)が競り合いをしのぐと、最終泳者の自由形奥村幸大選手(21)が力強くゴールした。スタンドに陣取った日本選手団は万歳三唱。喜びを爆発させたのは、個人種目のメダルがなかった奥村選手。大きく胸を張って、何度もガッツポーズを繰り返した。「人生最大のプレッシャーだった。みんなが支えてくれた」22日に誕生日を迎える森田選手は「今日が10代最後、いい泳ぎをしようと思った」。「トップで帰ってくる約束は果たせなかったけど、チームの頑張りでメダルを取れた」と北島選手。山本選手は「リレーはほかの3人がいるんで安心して泳げる。チーム力がこの結果を生んだ」と力を込めた。観客がいなくなると日本チームの”さよならイベント”が始まった。五輪本番では調子がいまひとつだった山田沙知子選手(21)も笑顔で写真に。上野広治監督(45)は服のままプールに投げ込まれる手荒い祝福を受けていた。(共同)』
NEWS『北島で始まり北島で締めた“銅”
競泳ニッポン戦後最多!8個目メダルだ北島が“メダル締め”だ。最終種目の男子四百メートルメドレーリレー決勝は、平泳ぎ2冠の北島康介(21)=東京SC=を擁する日本が3分35秒22の日本新で銅メダルを獲得。北島は平泳ぎ百、二百メートルの金メダルに続く3個目のメダルで、1大会個人最多記録となった。同種目の日本のメダルは1960年ローマ大会(銅メダル)以来、44年ぶり。米国が3分30秒68の世界新で優勝、五輪V6を達成した。女子四百メートルメドレーリレー決勝は、日本が4分4秒83で5位だった。北島で始まり、北島で終わった。空前のメダルラッシュ。表彰式後の記念撮影が終わると、選手やスタッフが次々とプールに投げ込まれた。最後は主役だ。激闘を繰り広げたプールの水が、火照った体に心地よい。有終の“メダル締め”に王者は酔いしれた。「最高の締めくくり。最高の結果を残して終われる。うれしいの一言。最高の日本チームだった。価値あるメダルだと思う」達成感と満足感に満ちた、やはり最高の笑顔だった。「日本記録よりメダル、銅より銀、銀より金」レース前に目標を確認した。メダリストが3人。切り札に北島。予選は4位でも「やれる」というムードが満ちていた。背泳ぎの森田が、いきなり54秒25の日本新。世界記録のピアソル(米国)に2位で食らいついた。出番だ。北島だ。ハンセンとの3度目の対戦も、59秒35の最速スプリットタイムで“完全勝利”。バタフライの山本が2位をキープし、自由形の奥村がドイツに抜かれながらもメダルを死守した。計8レースに全力を注いだ8日間。米国のピアソルには「泳法違反疑惑」もかけられた。逆にピアソルは、自らが泳法違反容疑で順位の混乱を巻き起こす当事者に。一連の問題を受けて国際水連が「水中カメラ判定」の導入を検討していることが、この日明らかになった。常に話題の中心にあった北島。ビッグネームの証しだ。帰国は23日(日本着は24日)。「ゆっくり休みたい」が本音だが、お祭り騒ぎは続く。記者会見、テレビ局回り、スポンサーへのあいさつ。五輪に集中するため一時封印してきたCM出演も“解禁”となり、争奪戦が激化する。おまけに9月3日からのインカレ(神奈川・相模原)にもエントリー。金メダリスト凱旋を、日本が待っている。
◆奥村姉も「立派」
〇…メダリスト3人のリードを死守し、銅メダルに大きく貢献したアンカー・奥村の実家では、姉の沙弓さん(22)ら家族がブラウン管越しに大声援。4歳のころ、嫌がる奥村を無理やりプールに連れていったという沙弓さんは「『奥村頑張れ!』っていうアナウンスに涙が出てきました。日本人に不利な種目でも『姉ちゃん、おれは逃げへんよ』って、あの子は自由形にこだわりました。立派だと思います」と涙声で語った。
◆亜衣はやめない「やることある」
〇…「亜衣ちゃん」ファン、ひと安心!? 女子八百メートル自由形で金メダルに輝いた柴田亜衣(22)=鹿屋体大=が、快挙から一夜明けた21日に会見。現役続行の意向を明らかにした。「目標だった五輪出場を果たし、大学4年できりもいいので辞めようかと思ってた。でもメダルは取れたけど日本記録も出してないし、日本選手権も勝ってない。まだやることはある」前夜は金メダルを首にかけたまま寝てしまったといい「横を向いたら苦しかった。起きたときにちゃんと付いてたんでよかった」と笑わせた。
◆競泳史上最多 フェルプスメダル8個
“怪物”マイケル・フェルプス(19)=米国=は男子四百メートルメドレーリレー決勝のバタフライを「一歩引いて試合を観戦するのも勉強になる」との理由で泳がなかった。予選メンバーだったため6個目の金を手にしたが、ライバルのクロッカーに決勝レースを譲った行為が米国の世界新記録につながった。
2つの銅と合わせ、1大会メダル8個は1972年ミュンヘン大会で7冠のスピッツ(米国)らを抜く競泳史上最多で、全競技を通じても80年モスクワ五輪体操男子で金3、銀4、銅1のディチャーチン(ソ連)と並ぶ最多タイとなった。「でも米国チームの一員として参加し、この結果を残せたことがすばらしい」と本人はメダル数以上の価値を強調していた。 』
これ以前の新着情報はこちら