なかなか合う形がなく、ほとんど全てのメーカーをはいた結果、たどり着いた私のピッタリメーカーは「TYR」でした!。他のメーカーは私のぶっといモモが窮屈でダメでした…。この半年くらい、「無地」の色々な色のものを買ってきたのですが、最近、「柄もの」が出てきたので、一つ買ってみました。ただこれ、私としてはあんまり選ばない柄なのですが、これがいい、と言われ、買ってみることに…。柄は「むらさきとピンクとグレー」の星の模様。「これ、どうかなあ〜?」と思っていたら、意外や意外、会う人会う人に「その水着いいですね〜」とか「すてきな柄ね〜」とか…。あまりに評判がいいので、こればっかりはいているんですが、先日、プールサイドにあるシャワールームで全く面識のないオバサマに声をかけられました…。
ナマスターズが行なわれました!!。あらいSSからは8名が出場!。大会が毎週続くこともあって、今回は200m自由形のみのエントリーに…。この会場、昨年の短水路マスターズで一度だけ行ったことがあるプール。この時は「日本一空気の薄いプール」と誰もが思うほど、狭いところに人がいっぱい、施設も古く、条件の悪そうなプールなのに、なぜこんなにも人が来るんだろう??。と不思議なくらいでした。そして今回は、低酸素状態でがんばる!と覚悟を決め会場へ…。外から見た感じは昨年と同じ感じ。し、しかし、入口を見てビックリ!!。あ、あれれ??、これはどこの旅館かしら??。入口を入ってさらにビックリ!!。まあ、壁から床から、とってもキレイに改装されているではありませんか!!。トイレもすごい!。今流行の「和食ダイニング」のお店みたい。ついついトイレで写真も撮ってしまいました…。出場時刻は午後3:00前後。着いて、すぐに支度して、みんなでレースに!!。あっという間にレースは終了。着替えて戻るとすでに結果が張り出されていた…。」そして、すごい結果であることがわかりました!。な、なんと出場した全員がメダルを取ったのです!!。これはすごい!!これは快挙!!。あまりにうれしくてメダルを首にかけて写真を撮りました!。写真もUPしました。こちらから…。
だけ撮影されておりました!。これは町田の第1日目のあと、恒例の「町田大作戦」に行った時に、こっそり撮影されたものです!。あ〜、これでヒデさんの写真もあったし、よかったよかった!!。
。そして、ロング独特ののんびりとした雰囲気。やはり予想通り、今年も「あらいSS」は参加者数では1位でした!!。もうすっかりお馴染みになっているので、役員の方々に、まずはご挨拶…。この大会はマスターズ主催大会なので、長距離大会ですが役員の数は非常に多い!。スターターをつとめていた水泳連盟の方とお話を…。「今年からスターターが、間合いを決めてよくなったから、競技に出る人がスターターをしないと、間合いの取り方が分からないんだよね。」だとか…。2日間に渡って素晴らしい記録が出ておりましたが、やはりなんと言っても「松田仁美さん」の世界新はすごかった!。
更したことについて、加盟放送事業者は何百万ドルもの広告収入を失う恐れがあるとして、再考を求めた。この変更をめぐっては、北米向け放送権を持ち、巨額の放送権料を支払った米NBCテレビが米国のゴールデンタイムに合わせて決勝を行うよう強く働き掛けていたことから、IOCはNBCの圧力に屈したとの批判の声が上がっている。ABUの橋本元一会長(NHK会長)は声明で「五輪は世界中の人々が視聴を楽しみにしているイベントであり、われわれは今回の変更に失望し、強く遺憾に思う」と批判。アストリー事務局長は「(変更の)決定は五輪の精神に反している」と指摘した。この問題に関してIOC側は、NBCテレビの圧力に負けたとの見方を否定するとともに、国際水泳連盟(FINA)も変更を承認したと主張。「すべての要求を満たす完璧な解決法はあり得ない。IOCの決定は最良のバランスを見つけ出そうと努力した結果だ」としている。ABUは56カ国・地域の160放送事業者で構成し、視聴者総数は30億人に上ると推定される。』
代別の計20種目で競った。国内でろう者のための水泳大会を開こうと、2002年に日本ろう者水泳協会(渡邊浩会長)が発足した。04年に愛知県で開かれた非公式の水泳大会を経て、初の公式大会が実現した。この日、小学生から60歳代までの選手は、プールサイドに設けられた「フラッシュ」と呼ばれる板が白く光ると同時に、スタート台から勢いよくプールに飛び込み、全力で泳いでいた。』
第一人者・庭田清美(アシクッス・ザバス)が衰えを知らぬ活躍を見せている。12月には36歳を迎える年女だが、22日に東京・台場で行われた日本選手権では大会2人目の連覇を達成。「まだまだ『進化』する」と宣言し、08年北京五輪で日本人初のメダル獲得を目指す。9月の世界選手権では自転車の終盤までトップ集団にいながら、両足のけいれんで途中棄権。「かなりショックで、その後もしばらく調子が上がらなかった」という。だが気持ちを切り替え、日本選手権を制覇。通算優勝回数3度は歴代最多タイとなった。陸上、競泳からの転向者が多い中で、異色の存在だ。小・中学校でスイミングスクールに通った経験はあるが、全国大会などとは無縁。茨城・竜ケ崎二高時代は「普通の生徒だった」という。高校卒業後は一時、水泳のインストラクターも務めたが、「飲んだくれてばかりいた時期」と振り返る。趣味でトライアスロンを始めたのは、23歳だった94年。「なまっている体を鍛えよう」という、軽い気持ちがきっかけだった。95年の結婚を機にやめるつもりだったが、めきめきと実力は上昇。97年には日本人として初めてワールドカップの表彰台(2位)に上がり、00年シドニー、04年アテネ両五輪にも出場。いずれも14位と健闘した。「進化」の秘密は、5年前に拠点を移したオーストラリアでの練習にある。「すごくハード。水泳は週に2万5000メートルぐらい泳ぎ、初めはついていけなかった」と語る。風雨の中でも屋外プールで練習し、精神的にも鍛えられた。会社員の夫和之さん(41)とは、年に2週間ほどしか一緒に過ごせない。だが夫の理解もあり、“単身赴任”での挑戦は続く』
にはカタール・ドーハでアジア大会が行われ、3月末にはオーストラリア・メルボルンで北京五輪前最後の世界選手権が予定されている。つまり、例年なら1年の最大目標となるべき大会が、年度内に3度も行われるのだ。パンパシが終わり、トップ選手は短いオフを経て始動した。そして、この特殊な1年の“目標第2弾”アジア大会に向け、日本は新たな試みを導入している。それが、代表合宿期間中のグループ編成だ。従来、各選手を指導するのは、代表合宿期間中も所属クラブのコーチ。ジュニア時代から手塩にかけて育てた選手を、責任を持って鍛え、仕上げてきた。しかし今回、日本代表のヘッドコーチを務める平井伯昌コーチは、種目や距離に応じてグループを編成し、合宿期間中の師弟関係をあえて解消した。狙いの1つには、世界的に厳しい戦いを強いられている自由形の強化があると説明したが、もう1つには“刺激”がある、ともいう。「選手とコーチがうまくいっているから、結果が残るのだろうけど、トップ選手は常に刺激を求めている。いい影響を与えてくれるのではないか、と思う」。個人競技のマンツーマン指導では「自分の選手」「自分のコーチ」という、凝り固まった考えに支配されがちだ。もちろん、指導方法が間違っていないからこそ選手は成長するのだが、ある程度のレベルでは「マンネリ」による限界が生まれることもある。短期間であれ、新たな指導法に触れることで、選手が大きく成長する可能性はある。さらに、コーチ陣に対する好影響も期待される。北島康介(日本コカ・コーラ)の師として知られる平井ヘッドは「僕は、普段見ない選手を指導するのが、楽しくて仕方ない」と笑った。海外の優秀なコーチを導入するのではなく、日本人コーチが試行錯誤を繰り返し、技術と指導法の探求を続け、結果を残す日本。新たなチャレンジがどういう効用を生むか、楽しみに待ちたい』
・アクアティック・センターで27日、74人が水中で一斉に踊るという珍しいイベントが行われた。 赤と黒の衣装を身にまとい、酸素ボンベを背負った74人は、水中で約10分間踊り続け、「世界で最も大規模な潜水ダンス教室」としてギネス・ワールド・レコードに認定された。』